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十三石仏
十三仏信仰は真言宗の教えで、葬送の後、初七日から(49日)の7回と百日、一年・三年・七年・十三年・三十三年まで合計13回の法要をします。初七日は亡者に対して不動明が裁断を下し、四十九日は薬師如来で三十三回忌は虚空蔵菩薩というように13の仏に裁断を下されます。それを遺族が応援するのが追善供養でしょうか。その十三仏を石仏に表現したのが十三石仏です。奈良県下で紀年銘(年号)のある十三石仏は平群谷(町発行)では29体紹介しています。そのうち平群町内に6体と生駒市に12体で合計18体が平群谷・生駒谷にあります。県全体の60%以上を占めています。真言の教えが信貴山や金勝寺そして生駒市の岩蔵寺などの寺を通じて弘通したと考えられます。多くは板碑で3列ないし4列に各仏が配置されています。板碑には仏像または(梵字)が彫られています。信貴山成福院の境内には文明十一年(1479)の石室十三仏があります。奈良県下の紀年銘のある十三仏では最古のものと紹介されています。櫟原墓地に十三仏板碑があり、中ノ宮邑(むら)神宮寺墓地跡には十三仏種字板碑があります。信貴山の開山堂近くには命蓮塚(町指定)があり、そこには紀年は見当たりませんが同じく石室十三仏があり、塚を囲むように一石一尊十三仏板碑が多数現存しています。平群町の十三仏板碑の主だったものは信貴畑東勧請の地・金勝寺墓地・信貴山千手院前・櫟原墓地・鳴川揺るぎ地蔵横などにあります。
(平群の石仏ホームページがあります。「平群の石仏」で検索をしてください。)
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